潰れた檸檬

自傷しなくても傷だらけ

 第1希望のゼミに入れなかった。

 

 ちょうどその事実を知った時と単身赴任中の父親と会う時が重なったため話した。すると父親は「社会に出てからそういうのはいくらでもある」「別のゼミになっても腐るな」など少しも面白くないセリフを繰り返し言った。父親は、本当に面白くない人間である。

 

 ゼミに落ちたという事実を共有出来る前提の知識で話せるのは、大学にまつわる人間しかいない。つまりその知識がないに関わらず話すということは、単に感情の支援が欲しいということにしか過ぎない。ここにおける自我は勿論甘えと言われるものではあるが、そんなことはどうでもいい。年間100万円以上払い、仮面浪人して再入学したにも関わらず成績などの正当な理由がない状況で不本意なゼミに配属されたのだから────────

 

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 父親は多分モテない人間なのだろう。

 

 確かに父親の言ってることに間違いはなかった。社会に出れば類似の状況はいくらでもあるし、腐らずそのゼミでもやって行けば状況はいくらでも打開できる。じゃあ社会に出るまではせめて嫌な経験はしたくなくない?嫌な経験をするのは社会に出てからで良くない?そんなのは、まともな知能持っていれば一度はその思考に到達できるはずだ。そんな既知の内容を話したところで何が面白いのか。

 

 単純に「やりたいことがやれなかった悔しみ」が大きい。志望理由書では第1希望のゼミに入りたい理由を熱心に書いた。それでも落ちた。やりたいと言ってもダメだと言われたという事実を認めたくない。大学側がこちら側の意見を捨象しているに過ぎない。その悔しみを汲み取ろうともせずありきたりの内容しか話せないなんて、偏見だけも絶対モテないでしょ。

 

 2年後の結果良くなったとしてもこの事実に対しての悔しみは忘れないだろう。大学側がこちらの意見を無視したというのは変わらないのだから。しかし父親は結果さえ良ければいい人間なんで、多分その悔しみをかき消そうとしているのだろう。昔からそういう類の人間を見てきたが本質的ではないため不快に感じてきた。そして、父親は一応高給職にあるにも関わらずそのような浅い解釈しかできない人間に落ちぶれてしまった。私は落胆するしか無かった。