潰れた檸檬

自傷しなくても傷だらけ

Twitterだけじゃだめですか?

 Twitterを、今みたいな運用を開始してから、12年が経過した。

 

 17歳の時に、冒険処女みたいなアカウントを始めてから、色々ありすぎた。初体験、初彼女、イベント主催、万バズ、Abema出演、フォロワーとM-1出場... 等、数え切れない経験を得られました。本当にみなさんありがとうございます。学校や会社と家を往復していただけだったら、確実に得られなかった経験や人生であることには間違いないです。

 

 その一方で、俺にもライフステージがある。こういう運用の間に、浪人、大学中退(仮面浪人)、再入学、就職×3、ニート、フリーター×3(2026年6月で3回目)だ。他の人だったら結婚とか出産とかあるだろうし、あと俺の場合は、(肌は傷だらけだが)怪我はなく入院もなかった。そういった面では、そこそこ恵まれてるとは思う。

 

 そして、そんな現在の私は、Twitterとリアルの境目にある状況にいます。今は、高円寺で一人暮らしをしています。それを作ったきっかけはフォロワーでした

 

☆☆☆

 

 初めて高円寺行ったのは、18歳の頃だと思う。

 

 その時は春休みで、何も予定がなかった。だから突如として向かった。Twitterでも頻繁に流れてくるし。でも、遊び方が分からない。というのも、その時はまだ10代だったからだ。古着屋に入って、何となく見て帰った。そんな感じだったと思う。要は、現象が起きていなかった。

 

 だが、そんな自分に高円寺で"現象"が起きたのは20歳の時だった。仲良かったフォロワーがたまたま高円寺の居酒屋で働いていた。そこにフォロワーを連れて行った。気がつけば、毎週のように高円寺に通う現象が起きていた。そこから、大学4年間はずっと高円寺で遊ぶようになる。

 

 その居酒屋は再開発の影響で既に閉店した。この時は名残惜しかったな。でも、それはどこの都市でも起きる現象なので、特に気に留めてはいない。

 

 で、...まあ賛否はあると思うが、北口ロータリー飲みとかで、徐々に自分の中に"高円寺カルチャー"が根付いていった。そして26の時、一人暮らしをするタイミングが来て、迷わず高円寺にした。新高円寺のほうが家賃的に安かったけど、今住んでる物件に一目惚れして住むこととなった。先述の店はもう潰れたけど、他に行くアテを何個か見つけて、自分なりに住んでいる。再定義をしているのかも。毎日。

 

 また、僕が高円寺に住むことに固執したのは、別の理由があった。

 

 僕は東北生まれ東京育ちだが、震災の影響で(母親の)実家を失っている。また、父親の祖父母は早期に亡くなり、結果的に東北に帰るのは五年に一度ぐらいだ。それでも、幼少期には頻繁に帰ってたから、東北には愛着があるけどね。でも、出身はどちらですかと言われたら、23区で一番長く住んだ区を答える。それが出身の定義だと思う。

 

 だが、その区も、その前の区も、帰ったとして居場所がない。というのも、中学受験した影響で、出身区にもその前の区にも"ダチ"がいない。出身区に帰っても、ただ家と駅を往復するだけ。馴染みの店もないし。

 

 それよりも、20の時から通ってる高円寺の方が"愛着"がある。現地の知り合いもいる。通ってる店よある。そして、この場ではTwitterから脱ぐこともできる。高円寺は居場所だ。別に冒険処女が嫌な訳ではない。冒険処女以外の"リアル"を探しているのだ。新たな現象が起きないかと、用もないのに北口ロータリーを迂回して帰路に着く。それが高円寺なのだ。

 

***

 

 その居酒屋で遊んでた連中も、俺と同様にライフステージが上がり、付き合いの長い恋人ができたり、結婚出産育児と違う道を歩んでるパターンが多い。そんな中で高円寺で飲んでるのは自分だけだと思う。でもいいのだ。

 

 「高円寺はどんな街?」とよく訊かれる。自分なりの答えを考えた結果、「誰もが主人公になれる街」だと思った。飲兵衛でなくても、好きで行く人が多い。それは、高円寺にいることで主体性を取り戻そうとしている行為ではないかと、考えている。

 

 というのも、何か嫌なことがあった時、高円寺の北口で酒飲むと、その出来事を忘れられるからだ。明日も頑張ろう、となる。喧騒の中でリセットできる。これが、住み続けている理由だ。

 

 2026年に入ってから、前会社とのトラブルと離職の影響で会社勤めをしていない。転職活動中である。バイトに行ってるものの、基本的には面談優先なので週5でやってるとも限らない。ので、初めて高円寺やTwitter、その他の人間関係について深く考える機会を与えられた。結果的に高円寺の話が大半になったが、それはTwitterとかを見直した時に「そもそもなんで高円寺住んでるんだっけ?」となったからだ。という言い訳。

 

 なので... 高円寺の部屋で寝転がってブログを書くというのも、Twitterとリアルの境目の現象だと思う。

 

 実を言うと、今のこの状況がかなりしんどい。何故なら、今の自分は説明できないからだ。そういう理由で人と会うのを制限している。単純に説明できる仕事がないというので、会っても微妙な間が生じるのだ。行きつけの店も、元気になったら行きたい。今会うと言葉のゲロを吐いてしまう。 

 

 そして... Twitterの延長線上で住んだ高円寺と、リアルの状態としての無職、これらが噛み合ったのが今なのだ。高円寺が楽しいのは、仕事がクソ忙しいとかTwitterで良いことがあったりとか、どちらかの現象や接続がいる。それらが両方得られないのが今だ。しんどいな〜

 

 Twitterだけじゃだめですか?  

 

 だめなんだよな。早くリアルを充実させないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

ラン

 殺陣稽古で、指導者の指示の元、走り込みをした。

 

 基礎体力を錬成する為だ。何も問題はない。ただ、入所してから初めてそれを行うこととなった。走ってる最中に、色々考えた。

 

 走る... それは人類の根源的な動き。文化。目的地に早く行く為、ではなく、走る為に走る。そこにあるのは自分の肉体だけ。前の人に遅れないように、後の人にぶつからないように、目的もなく、走る。頭脳も言葉も関係ない世界がそこには広がっている。

 

 で... でだ。走り込みをしているうちに「もしこの世が焼け野原になったら何が残るだろうか?」とふと考えた。自分は、水泳部出身ではあったものの、運動神経は悪かった。走るのも当然遅かった。持久力も当時に比べたら落ちてるし。

 

 無職ではあるが、一応転職活動している。希望はSaaS営業だ。営業部は確かにクビになったが、仕事自体は好きだった。会社が合わなかっただけ。そして、もしこの世が焼け野原になると、多分「SaaS営業です」なんて言ってもほったらかされるだけだ。それもそのはずだ。焼け野原にはSaaSなんてものがそもそも存在しないのだから。

 

 そして、走り込みが終わり次のテーマに取り組む時に、頭の中で「辞めよう。」と決心したのだった。

 

 自分の価値が全く反映されないと思ったからだ。

 

 自分は、情報の提供や、見えないルールに気づくだとか、法則性を見抜く能力(所謂知覚推理)、ある程度の言語化、本質っぽいことを言うとかが得意な自覚がある。しかし。走り込みではそんな能力は要らないのだ。ひたすら目の前で起きてることを反復し、覚えて、身体に慣らしていくものなのだ。走り込みにおいて、先程列挙した能力は「ゴミ」でしかない。

 

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 殺陣の稽古に行ってたのは、キャラショーの案件を貰う為だった。

 

 マスコット(着ぐ〇み)系のバイトが楽しく、今後も毎週土日にやることを希望していた。新しい会社に入社した後もやりたい... とは思っていて、要はサークル感覚で続けたかった。ところが殺陣稽古にはGロッソとかに出演するレベルの役者もいる。舞台俳優もいる。そんな中、温度感が明らかに違うということが段々把握できてきた。これが辞める原因となったのだ。

 

 殺陣稽古も、仮にやるとしたら実際のショーで使われる立ち回りや音源、セリフに基づいてやりたかった。しかし芸能系の稽古でそういう訳にはいかない。OJT等ない。基礎からしっかり鍛えていく。基礎練という概念そのものが苦手な自分にとっては苦行だった。基礎練もしつつショーに出て、やりながら覚えるスタイルの方が合ってるのだが、事務所はそういうスタイルではなかった。また、別日にダンス稽古にも行ったが、明らかに着いていけなかった。KーPOPアイドルの曲を踊らされて、次週もそれをやると。正直、いつ使うか分からないものを覚えようとする為の余裕がない。ダンス指導者は自分のヘタレ具合を見抜いていて、自分が帰る時に「折れなかったらまた来な。」と言ってきた。そして自分は折れたので行くことをやめた。

 

 インターネットを取ったら自分の価値が無くなる。そもそも、そこにも自分の価値があるのかどうかも分からないけど。そんなことを思った為、自分の主戦場をインターネットや言語と決めた。負けてもダメでもそれで戦っていくしかないと。

 

 肉体における戦いをやめ、頭脳や言語で決めにかかる。そういう未来に走り出した瞬間でもあった。

 

 

殺陣の稽古行ったら人生の立ち回りまでわかった話

 殺陣の稽古に行ってきました。

 

 というのも、この春から新しくイベント系の派遣会社に登録しました。そこで案件を貰う為には、殺陣を覚える必要があります。何故ならば、殆どがキャラショー案件だからです。

 

 キャラの中に入る派遣会社は既に何社か登録してますが、安定的に案件を頂ける訳ではない為、「地に足をつける」意味で登録しました。ほぼ毎週稽古がある為に、ほぼ毎週通うことになりました。

 

 殺陣... 8年前ぐらいにやってたのですが、案件に恵まれなかった為、結局辞めました。久々に再開したのですが下手くそで、完全未経験の人と一緒にやったのですが、その人の方が上手かったです。

 

てな訳で... 稽古には全身黒ずくめの29歳のデブ男がいるという構図になるんですわ。殺陣の稽古では、殺陣が上手い人がカーストが高い。女性人気もある。この構図を思い出した。これ、公立小にいた時やわと────────

 

 公立小にいた時は、お世辞にもカーストが高いと言えなかった。というのも、当時は今と同じく肥満体で、且つメガネをかけていた為、よくカンニング竹山と弄られてた(そこから10数年経ってメディアで共演するとは思いもしなかったが)。勉強はそこそこできたが、都内ということもあり同じクラスから筑駒開成桜蔭が30人中5人ぐらい出るキチガイクラスだった為、(私の実績が)目立たなかった。オマケに運動もできず、ピアノも習ってはいたが他の人の方ができた。最も酷だったのは、私自身より成績が悪い連中にも揶揄われていたことだ。結局そこは「無試験の公立なんて屋根のあるスラムで、生徒も教員もゴミしかおらん」と認識をねじ曲げることで乗り切った。

 

 そんな私が唯一挽回できるチャンスがあった。それが中学受験だった。勉強は苦手ではない(という自負があった)から、ここでワンチャン挽回出来れば、今までの生活をチャラにできる。しかし、国語と理科が絶望的にできず詰んだ。国語は小説読んでも人の感情が分からなかったし、理科は興味が無いから頭が働かなかった。そして何より、ある時から躓いて、そこから勉学に対する面白さを感じられずに、そのまま成績が下降した。こうして、一世一代のチャンスに失敗し、モチベ不足で第五志望の中学に入学した。そこに入学したが、そこでも周りを見下して人と上手くやれなかった話については別のブログ記事を読んでください。

 

***

 

 殺陣の稽古場で立場がない自分は、"別で"巻き返そうとした。

 

 例えば... 実は学歴が高い(※大卒ってだけで高学歴扱いされる)とか、むずかしそうなことを考えている、状況を俯瞰的に見ている、家賃高めの場所に住んでいる、とかだ。全部付け焼き刃のしょーもない類でしかないのだが、これらを纏ってることを言わないとただのデブになってしまう。そして、その付け焼き刃にサブカルやアングラという言葉を軽く使ってしまうのも、また事実だ。まだそこまで話してないが、大学でイベントアルバイターの卒論を書いたことを話している時に「ヤバい 認められようとしてる」と自覚した。今日はあまり自分の素を出さないようにした。というのも、前までの自分は距離感が分からずガンガン話しかけていた。だが、逆にそれが鬱陶しいと気づいた結果、あくまでも受け答えに特化するコミュニケーションに注力することにした。

 

 そして、この自意識のグルグルが、今の自分だなと気づいた。稽古場の人達はみな優しく、僕の質問にも優しく答えてくれた。多分僕のことについては、ただの新人としか思ってない(と信じたい)。しかし、僕が勝手に考え、勝手に傷つき、勝手にわかった気になったり、忙しいのだ。

 

 結局... 殺陣の稽古場では、殺陣が上手い人が正義なんですよ。だから、そこを黙って受け入れて、律儀に取り組みなさいという話です。職歴学歴収入容姿全く関係ない。飲み会で認められようとしたり、カラオケに行って歌を披露してワンチャン「歌上手いね」と言ってもらわれることを期待するのをやめなさい。だからね、Twitterで頻繁に人間のスペックの話が出るのはね、リアルで冴えてないからだとしか考えられないんですよ。リアル忙しかったらTwitterなんて興味なくなるもん。

 

 自分の場合は、そのコンプレックスの解消が、Twitterの文だったり、誰にも見せられないコント台本だったりするのかなと思う。学校や職場で冴えない僕ですが、そんな僕のセンスを、何らかの形で誰かに感じ取って、愛してください。これが原動力だ。感情を抱きにくい自分がそういう感情を抱いてしまう時点で、文化の半分ぐらいは、こういったコンプレックスやルサンチマンから生まれたものではないかと考えてしまうよ。だって、学校や職場で上手くやれてたらさ、人生の意味とか社会構造とかさ、考える理由がないでしょ?きっとそうなんだよ。

 

 殺陣の稽古で、ここまで思考を膨らませました。こんな思考を愛でてくれる人がいたら、殺陣も人生も立ち回りがもっと上手くなる気もなくもないのですが。

とみちゃん

 母親の実家がまだあった東日本震災前の頃、東京の家から実家に帰ると「とみちゃん」という存在がいた。

 

 とみちゃんは、所謂生保レディ、生保のおばちゃんである。

 

 とみちゃんは生保レディだが、(私達が帰省している間でさえ)あまりにも頻繁に実家に顔を出す為に、母親から正体を聞かされるまで「親族の一員」だと勘違いしていた。年齢は母親の7〜8個上だが、それぐらい頻繁に顔を出す為、私達ですら「とみちゃん、とみちゃん」と呼ぶぐらいの関係性になっていった。

 

 とみちゃんが生保レディであったのは知っていた。とは言え、「遠い親族のおばさんで、生保のおばちゃんをやっている」という認識だった。だから私達が実家に帰る度に顔を出す、と思っていた。しかしある日、母親から「とみちゃんは親族ではない」ことを聞かされた。ゾクッとした。ということは、つまり、1生保レディが親族に誤認を与えるレベルで、私生活に介入していたということになる。

 

 というのも、とみちゃんは確かに1営業ではあったが、1営業だけではなく、母親の実家の(農作業等の)お手伝いまで行っていた。だから、母親含めてカモられたとかそういう認識ではなく「私生活で色々手伝ってもらった」という感覚である。だが、全く血の通ってない人間がそこまで絡んで来ることに対するある種の恐怖心は、東京出身が故の"隔てる距離感"があるのかもしれない。妹はその様子に対してパラサイトみたいだね笑と言っていたが、まさにそうだと思う。

 

 言わばとみちゃんは、toC営業の化け物である。たまたま田舎の生保のおばちゃんだっただけで、現代のプルゴリなのだ。ゾスなのだ。圧倒的強者なのだ。私自身、前までtoBの人材営業をやっていた分、"とみちゃんの恐ろしさ"を身をもって感じることとなった。

 

※私がtoB人材営業や、それをクビになるまでの流れについては、以下の記事参照。

 

https://dangosakashita.hatenablog.com/entry/2025/10/02/101434

 

 そして、とみちゃんの話を改めて聞いて思ったのは、「私はとみちゃんにはなれなかった」ということだ。というのも、とみちゃんは弊社で働く上での理想の営業像なのだ。顧客関係値を上げれば成約に繋がるという思想を掲げた弊社営業部の理想が、とみちゃんである。

 

 弊社の営業部では、「顧客関係値が上がれば、成約に繋がる。だから顧客関係値を上げることを念頭に日々の営業活動を行う。」というスタンスであった。

 

 小賢しい言葉で書かれているが、言わばこうだ。お客様に対して丁寧に挨拶し、声大きく、愛想良く、(面白いではなく)楽しい人間であれ。そういう人間だから案件面談が組んで貰えるし、新しい情報を頂ける。お客様から頼られる存在になりなさい。そして、お客様だけではなく社内でもそういう存在でありなさい。という発想なのだ。言わば、「社内外で通用する営業マンになりなさい」というものだった。

 

私はそうはなれなかったのだ。正確に言うと、とみちゃんにならない選択肢を無意識に選んでいたのだ。

 

 このやり方(以下、とみちゃん戦法とする)は、確かにメリットはある。人が良ければ多少のムリも通して貰えるというのは、古来からある成功体験だ。特に生保なんてのは、買ってのその場で終わりのもの、という訳でもない。解約率を下げる為に、一生涯に渡るお付き合いが必要になる。だから、とみちゃんが親族同然の扱いを受ける為には、そもそもとみちゃんが親族にウケる必要がある。こうして親族にハマったとみちゃんは、生保だけではなく他の営業も行っていたそうだ。具体的には聞けてないので今度聞いてみます。

 

 そして、弊社がとみちゃん戦法を採用した理由には3つある。1つ目として、弊社の提案する人材が若手が多く、「ムリを言うこと」が前提というのがある。弊社は未経験者を採用して、オリーブオイルで炒めた後塩コショウを適量にふりかけ、最後に金粉を載せるようなことをやっている(察してください)。そんな中で、いきたりメール1つで提案が通るなど、考えにくい。そこで出てくるのが「〇〇さんのトコだから1度見てみるか...」と思わせる手法だ。1度そこで提案が通り、成約に繋がると、他の要員も提案しやすくなる。そうすると、そこで1つの現場が形成される。あ、このやり方自体がパラサイトっぽいね。ある1人の人材を皮切りに、他の人材も提案する、みたいな。これこそがとみちゃん戦法の真髄だと思う。ただ補足すると、このやり方はtoCでは通用するけどtoBでは通用しにくい。というのも、決裁者がお客様なのと会社であることでは、やり方が異なるのだ。そもそも。簡単な例えで行くと、訪問販売で壺を買わせるのと、大企業に勤怠管理システム導入させる営業ではワケが違うよね、って話。

 

 次に、とみちゃん戦法は管理側からすると都合が良いという理由がある。とみちゃん戦法は、言わばとみちゃんという個人の能力にフォーカスした手法である分、成功も失敗も"そいつのせい"にしやすい。だから、仮に成約が取れない、面談が組めない、売上が悪いという場合、「お前が悪いんだ。お前の人間性に問題がある。」と言えてしまう。これは非常に楽だ。というのも、管理側からすると、定量で評価を定める必要があり、その評価を定める時に数値というのはひじょ〜にラクなのです。無駄なこと考えなくていいから。定性評価は定性評価で難しいし、それよりは定量でズバッと決めた方が、評価する側もされる側も管理側もラクなのだ。

 

 ちなみにtoB営業をやってた実感としては「売上に繋がらない理由が分かればビジネスなんて苦労しないよ」という他責思考ではあった。というのも、要員を提案して、見送られる理由は、(決裁者が会社である分)すぐに分かるものではない。スキル・予算・タイミング・最寄り駅・そして営業の対応などがある。そういう思考を持たせない為のとみちゃん戦法でもあったと思う。営業がアホンダラだから提案を見送るというのは、見送り理由の1つとしてはあるが、じゃあ本当にそうなのか?という真相まではわからない。だから、営業部ではオメーのせいだ!と言うのを好んでいたし、言われた側が「俺のせいだ...」というのを期待してた。個人的には、1提案が見送られただけで自己責任にするのは、自意識過剰も甚だしいし気持ち悪いと感じるのだが、(本当にそう思うことではなく)そういうパフォーマンスがもとめられた。あーキッショ。辞めて良かったわ。クビだけど笑

 

 3つ目としては、組織全体がその成功体験に縋っているというのがある。役員ないしは先輩も、「自分のまごころが通用したから組めた」みたいな幻想を抱いている。この勘違いが原因で、先輩は後輩にもそのやり方を継承しようとする。これが諸悪の根源である。とみちゃん戦法は、やり方が個人に依存する分、属人化しやすい。それが営業だろ!と思う人もいるかもしれないが、もし今後売上を伸ばしていきたい、規模を大きくしたいという時に、果たしてそのやり方は通用するのだろうか?だからこそ、属人化しないやり方での理論を作る必要がある。弊社は、この理論作りを全くやってこなかったと言える。というのも、営業経験者の役員に対して「面談を組んでた決め手は何ですか?」と尋ねた時に「缶コーヒー奢ったりとか...」という回答をされた。横転しかけたが、それぐらい、自分の仕事のやり方について説明できない人間は多いものだという、ある種の諦めがついた。

 

 以上が、とみちゃん戦法、ないしは弊社営業スタイルについての解説を行った。ここからは、何故私がとみちゃんにならなかったのか、弊社営業スタイルと噛み合わなかったのかについて説明する。

 

 まず、先程も説明した通り、とみちゃん戦法はtoCでは有用だけど、toBでは通用しないのだ。というのも、決裁者が会社である分営業さんを「負かせられた」としても、上長が承認しないケースは多々ある。だからこそ、営業が頑張るというよりかは「最適な提案」を心がけた方がよっぽど効率が良いのだ。最適な提案、ダメ元提案等、場合によってはゴリ押し、など、提案の手法に拘ることにした。営業が人間性やコネで頑張るとかなると、場合によってはかなりの接待をしないといけなくなる。私はコミュ障だから、営業さんと飲みに行ったり遊んだりした経験が少なかった。ただ、それでも実績は残したので別に問題はないかと思う。

 

 次に、私自身が非常に面倒くさがりだったこともある。無茶苦茶なノルマやKPIが課せられていたせいで、(金にならなさそうな)お客様とのやり取りの時間が無駄に思えてきた。そのやり取りやチャット回数を減らす為に、自社で売ってる人材の情報を、自作スプレッドシートにまとめた上で、配布してた。「自社で売ってる要員についてはスプシを見てください〜」と誘導して、いつ連絡が来ても対応できるようにはした。飲みには行かないタイプだが、23時に電話が来てもワンコールで出るから、他社営業から恐れられてたとは聞いたことがある。これが成約に繋がった。「なんかあったらアイツに」という点では、ある意味とみちゃんなのかもしれない。自分で言うのもアレだが、合理性や効率性に特化したとみちゃんというか。

 

 最後に、私自身が別に営業マンになりたい訳ではなかったというのがある。そもそもこの会社に入社したのは、事業内容や職務内容に一定の理解があり、多少グレーなあったけど必要悪だし、それに「自分にしかできない」という想いがあって入社した。自分のスキルや能力を拡張させる為に入社したのであって、決して「営業マンとして一旗揚げる」とか「みんなから好かれるヒューマンになる」とか、そういう都合ではない。そこがズレだった。弊社の営業部としては、社内外においても「みんなのとみちゃん」を期待してたのであって、別に私自身のシコウやキャリアなんてどーでも良かったのだ。

 

 結局は、私はとみちゃんになれなかったのだ。というか、とみちゃんになる前提が与えられてなかったのだ。そんな気がするよ───────

 

***

 

「お母さん、営業ってどんなイメージ?」

 

 私はとみちゃんの話を聞かされたその日、そう母親に尋ねた。うーんやっぱりとみちゃんみたいな感じかな。愛嬌とヒトで乗り切る感じというか。とみちゃんには色々やって貰ったからね〜と話していた。

 

 私の営業時代を振り返ると、とてもそういう存在とは言えなかった。極端なまでの合理化システム化効率化を追求しすぎて*、ヒトやニンの部分がなかった。電話掛ければいつでも出るし、業務時間外でも即レス。ただ、それは別に「その営業が好きだったから」という訳ではなかった。単にその方が効率的なのだ。勿論、好きな営業さんは、営業部外れた後でも繋がっている。そして私が「そういう風にすればいつか報われる」的な自惚れでもなかった。結果を極限までに追求した結果、それに辿り着いたという表現が正しい。

 

 そして何より、「固定的な人間関係を長期に渡って構築していく」というのが、営業をやる以前から苦手だった。実際に成約結べた企業は、関係値の構築とは全く関係ない。何なら商談や打ち合わせはなく、たまたま案件にメール送ったタイミングが速すぎたから成約に至った、というのもある。だから、私のヒトやニンが良かったから売上に繋がったという訳でもない。それに対して、弊社営業部では、ヒトやニンこそが営業だという神話に基づいていた。私はそういう神話におけるズレが早期から生じていると感じてしまってから、脱神話化した。そして、脱神話化は、言ってしまえば、弊社がやってきたやり方を間接的に否定することになる。途中からその傾向が顕著に現れた際、営業部では「人間味がない」「仕事に人生捧げてない」「本気で人生変えようと思ってない」「現状に満足している感じがムカつく」といった具合で評された。結果出していなかったらそうだが、「顧客関係値」ではなく「最適な提案」に注力し、それに合うようにシステムを作ったら、営業未経験ながら新規で上場企業3件と成約を結べた。だが、弊社からすると、態度(例:10時の出勤時間に9:52頃に出社する、新人なのに定例の時に使うプロジェクターを(敢えて)準備しない、オフィスカジュアルではあるがPatagoniaで出勤する)が気に入らなく、仲違いして追い出された。そういう組織なんですよ。

 

 ここまで書くと組織批判だが、とみちゃんも俺にはなれないだろうし、逆に俺もとみちゃんになれないのだ。だから俺はとみちゃんを尊敬している。何より、「欲しいジャンルのモノがあったら、通販サイトにおいて価格が安い順に並び替え、納得のいくものから購入していく」というやり方でモノを買っていく自分からすると、営業やマーケティングなんてインチキとしか(どうしても)思えないのだ。勿論、「そんな奴が営業をやるとは如何なものか」とは読者からするとお想いだろうが、エンジニアから営業に転職した時は、1番その能力を欲しがっていたのだから。エンジニアとして働いてた分、「必要最低限以外話さない」を極めた結果、吃音症みたいになったのだから。これに関しては、日常会話や雑談も"システム化"して乗り切った。このスキルに関しては、日常生活でも役に立っている。そういう機会を与えてくれたことに関しては、感謝はしています。

 

 というか...

 

 実を言うと、誰かにとっての"とみちゃん"になりたくて入社したのだ。営業をやる前は、人の気持ちを考えられず、自分が考えたままで話し、振る舞い、人の気持ちを考えるということが全くできない人間であった。その影響で友達は本当に少なかった。居なかった訳ではない。ただ、本当に「好みが分かれる」という人間であった。だから、「好みが分かれる、ではなく、"少なくとも嫌いではない"のカテゴリーに入る為に営業をやろう」と思った次第なのだ。これを拡大解釈すれば、とみちゃんになる為に入社した、にもなる。ただ、繰り返すがとみちゃんになりたくて入社した訳ではない。「そういう事情があってそういうビジネスなんだよね」という合意の元で入社したつもりだった。だが、外野からは「コヤツは、この会社で人生変えに来た」という意味で見られた。確かにその意味もなくはないのでが、何もそこまで... という感じでもあった。だから、とみちゃんになる覚悟がなかったと言われればそれまでかもしれない。

 

☆☆☆

 

 とみちゃん、本当にありがとう。

 

 最後にとみちゃんに会ったのは、多分20年以上前だった。それでも強烈にとみちゃんの存在を今でも覚えているということは、それぐらいの印象を植え付けているのだ。これこそ営業の最大価値なのではないか?とみちゃんは、ただ1営業から家族になっていった。アットホームということは、こういうことではないのか。これがストラテジーなのかギフトなのか分からないが、結果的にそうなっているのであれば関係ない。俺は、そういう状況を生み出せなかったのだ。お客様からのとみちゃんは演じられたが、社内とみちゃん(社内営業)をやれなかった。実際自分は、「会社は好きだが営業部が嫌い」といった具合であった。だが、会社員というのは結局企業の駒でしかない。会社員が会社員である為には、めちゃくちゃ大前提として「会社が会社員に仕事を振りたくなる」というのがある。そこを崩してしまうと、いくらクライアントからの要望が高くても、会社員にはなれない。そこの観点が抜け落ちていた。だから社内営業をやるべきだったし、そういうのをくだらないと思った自分の時点で負けだった。ここで話すつもりはないし、そういう思考に至った経緯は過去のブログやnoteを参照して欲しいのだが、メタ思考から離れられないのだ。「どうせ小さな組織なのに、先輩や上司に媚び売って、お前www」みたいな考え方からは逃れられない。だから、社内営業に辟易してしまった。とみちゃんは、(悪口ではあるが)恐らくそこまでの想定はしていなかったのだが、みんなのとみちゃんなのだ。戦略立てずに、自然と周りに人が集まる、そういう人なのだ。

 

 とみちゃん、本当にありがとう。とみちゃんの存在だけで、自分の仕事のやり方や会社に対する解像度が爆アガリした。

 

 すぐにとみちゃんの真髄を理解した僕は、早速とみちゃんとのアポを取りつけるように母親に頼んだ。どこまで温度感が伝わってるかわからないし、そもそもとみちゃんと連絡つくかはわからないが、とみちゃんが今の自分の課題解決のヒントかもしれないと感じている。そもそも、とみちゃんは単なる営業のおばちゃんなのだが、田舎(福島県浜通り)からすると、1企業の代表ないしは個人事業主みたいなものだから。社長と話せるってなったら、そこから何かしら奪おうとはなるでしょ。そこで、"なるべくテイカーに見せない"という手法に関しては、クソオブクソ弊社が身につけさせた能力ではあるのが、本当に悔しいのだけどね。

 

 とみちゃんとのアポ率、100%だといいな。取れなかったらFBに基づいて、振り返れば感じたことをSlackにでも流せば良い?どうやったら今の状況が変わるのだろう。これまでに感じたことの無い孤独感から抜け出せるのだろう。誰か1on1してくれ!説教でもいいから。こんな独身のアトピー持ちのデブス陰キャ男に1on1してくる人材なんて、レバレジーズやビズリーチですら持ってこれさなそうだけど。

 

 とみちゃんみたいなギバーになりたかったんよ。そこまでして、とみちゃんから何かを奪いたいのか。そこまでしてまで、そういうことがしテイカーという感じでは、読者からするとそうなのかもしれないですけど。 

 

〈補遺〉

 とみちゃん戦法のリスクについて、追加情報を述べます。

 とみちゃん戦法は、言わばお花畑なんです。これは別に皮肉でもなんでもないです。実際、とみちゃん戦法自体はメジャーだと思いますよ。ただ、それは「全部が上手くいった時の世界線」であることを認識して頂ければ幸いです。どういうことかを説明します。

 とみちゃん戦法は、「入社して、組織にハマり、誰かに刺さる」という場合でしか成立しないのです。そしてその成立は、入社や新しい現場に入ってから1ヶ月でその"格子"が掴めてきます。例えば、仕事の振り方、話しかけられるタイミング、唐突に言われる第三者評で、その格子が可視化されます。可視化されたタイミングで「とみちゃん戦法が通用する/しない」が解ってしまうのです。とみちゃん戦法が通用するならば、そのままの地で行こう、しないならば数値や結果で見返そう、みたいな。

 オツムが良い皆さんはここで何となく理解できるとは思うのですが、惜しくも精神的に余裕が無い方々のために、「全部が上手く行った世界線」とは何なのかを、具体例を使って解説していきたいと思います。

 読者の皆さんは、高校を卒業したはずです。そういう人が多いと思います。実際、2026年1月現在では、高校卒業率は98%です。なので、とみちゃん戦法のリスクを「高校進学」という所の観点から解説していきたいと思います。

 皆さんは、高校進学を「なんとなく」で行っていたと思います。それもそのはずです。お笑いのネタでは、学ランを着たおじさんがコントを演じ、ポカリスエットの広告では制服着た演者がはしゃいでいて、高校野球の比喩である"甲子園"という単語があたかも青春の象徴かであるように謳われています。でも実は、高校って進学する意味がないんですよ。何故ならば"義務教育"ではないからです。

 でも、進学しちゃいます。そりゃそうですよね。お笑い、コマーシャル、そしてありとあらゆるメディアが、「高校生は青春だ」というモットーに基づいて、あなたのもとに近づいてきます。そうすると、高校に行く前の小僧は、「高校生活は楽しくあるべきだ」という固定観念を築かざるを得ないのです。そういう固定観念をメディアが築かせてしまったが故に、高校生になる前から「高校生は、クラスの一軍に属し、隙あればスマホで楽しげな動画を撮り、クラスや学年のトップ層と交際し、体育の授業の後にはシーブリーズのキャップを交換し、部活の間にポカリを飲み、帰りの時間が遅くて親に叱られた後イキがるのが美徳」というストーリーを築かねばならぬという強迫観念があるのです。

しかし、高校は義務教育ではないので、(仮に公立高校や、都内の私立高校授業無償化政策にしても)お金が掛かってしまいます。言ってみれば、「学習塾に、部活と修学旅行と学校行事がセットになったコミコミプラン」でしかありません。そもそも、大学や専門学校に行く為には高認取れば良い話だし、お金欲しけりゃ中卒で働けばいい話だし。あとたまに、「高校卒業してないと社会的信用が...」という方がおります。これは主に就職において作用する考え方だと思います。高卒より高認の方が信用ならないなんていう会社、仮に採用されたとしても仲違いが起きると思います。そんなくだらない肩書きでしか判断せず"""人"""を観ようとしない企業なんて、一生つまらないビジネスやってりゃええねんという話で。

 そのコミコミプランにおいて有意義に感じるのは、陽キャだけなんですよね。ただ、私も含めて「高校になったら世界が変わるだろう」「スターになれる」と思います。というか、高校ってやりがい搾取の縮図そのものなんですよダウンタウンになれるぞ!と言って人を集めるNSCと同じ構造ですよね。日本ではよくやりがい搾取の話題が上がりますが、高校の段階でその精神が位置づけられたのかと思っております。教員に愛想良ければ指定校推薦やAOは貰え、そうではなくても金持ってる家庭のエピソードトークでゴリ押しできる、みたいな。ただ、実際に教員も人間だし、話面白くない人間に興味を示す人間はいないという残酷な事実はあるので、仕方ないっちゃないんですよね。実際、私は男子校のド陰キャという最下層を経ました。でも仕方ないです。太っててメガネかけてる陰キャのくせにアニメや文学に疎い、そんな無キャに近い人間に興味を示す人間はいません。

 ...すみません、補遺だからフリースタイルだろうと振舞っていたら呪詛が出てしまいました。本題に戻します。とみちゃん戦法のリスクの話ですよね。

 とみちゃん戦法って、要はマジでリスクでしかないんですよ。言わば、ギャンブル、ガチャの要素でしかないです。面接官が良かったからと言って、じゃあ実際にその組織に合うかどうかなんて未知数やないか!という話ですよ!それこそ、弊社ではゴミみたいな扱い受けてますが、俺をゴミみたいな扱いをしているある役員が、周囲が反対する中ゴリ押しして私を入社させたという経緯がありますからね。その時は「やっと自分が報われた」と思ったのですが、後々考えるとその役員が私に対する解像度が低かっただけだったと。詰まるところ、みんな上手くいった幻想に縋り、自分がダメだった時のリスクがない。もしくはそういう考え方がない。

 アットホームな職場?じゃああんたがアットホーム作ってみろよ?なれるのならいいよ?でも組織文化が合わない、上司にハマられない、ってなったらどうなる?爪弾きになるよね?そうなったらどうしようか?どこがアットホームや?

 ...結局、森羅万象って「やってからじゃないとわからん」が多いんですよね。日本の企業や組織、ないしは国民の考え方として足りないのは「上手くいかんかった時どうすんねや」というのだと思うんですよね。この考え方に対して夢はないかもしれませんが、この考え方は「夢が夢であり続けるためのインフラやセーフティネット」みたいに思えば、人生はもっと豊かになるかと。

  そういう意味でも、私はとみちゃんになれなかった時のリスクを考えていなかったんですよね。外的要因が全てだというのが私の根幹思想ですが、「外的要因が全てでもない」という考え方に気づけたのは、弊社に入ったからだと思います。そういう意味では感謝してますね。嫌いだけど。

 

 結論、

 

・とみちゃんになれるかなれないかは最初の1ヶ月で決まる

・とみちゃんになれなかった場合のシナリオも考えよう

・あらゆる固定観念やメディアのイメージを、自ら再考察してみよう

 

という話です。

 

そして、補遺が長くなったのは、「唯一AIに勝てる手法、それはとみちゃん」という思想が根幹にあります。とみちゃんは、市場価値を敢えて属人にすることで、「仕事が奪われないリスク」を運用保守しているのです。ただ、それはこの国が、結果や数値に対して、忠実に考える思想に移行するフェーズ前の話にはなってしまいますが。 

 

*

・日程調整をTimerexなどのツールで自動化

・案件配信のメールアドレスの振り分けで「いつどこで誰が何を送ってきたのか」可視化

・商材を自作スプシにまとめた上でクライアントに共有。→同期コミュニケーションと非同期コミュニケーションをやった。

・紙の資料や名刺はOCRで読み込んで保存。データとして管理。

テレアポリストはAIに作らせる。

・フリープランで使えるシステムは可能な限り採り入れた。

 

これらは全て属人性を排除している。言い方悪いが、俺のやり方は中卒でもできる。寝てても営業活動が捗る。

ヒーローをやれなかった話

 突然の出来事だった。

 営業として入社して1年2ヶ月、異動が決まった。 

 

 つまりもう営業ではなくなる。そもそも営業として入社したので、実質クビである。ただ仕事は貰えている状況ではあるため、何とか働けているが。今回はそこまでに至った経緯、考察について話します。

 

 また、前回の「ヒーローになれなかった話」は被害者要素強めだが、今回は自分にも非があるので、そんなに重くはならないと思います。

 

1.仕事内容と入社までの経緯

 まず弊社の事業内容について説明する。特定避けの為、敢えて砕けた文体で書きます。

 

1.仕事内容

①人材営業

    所謂人材と案件のマッチングである。案件に対して人材を提案し、成約を取っていく、というのが根幹にある。人材は、弊社の人材(プロパー)と協力会社の人材(BP)の2種類がある。 弊社の人材は研修上がりの技術者が多い。根本は、彼らの配属先を決めることである。

 

②新規開拓

    既存の会社だけでは技術者の配属先が決まらないことがある。そこで、新規企業を開拓していく。

    開拓方法はテレアポが中心である。時代遅れだとは思うが、多い時は1日60件やった。ただ、テレアポよりも効率的にアポを取る方法がわかった為、架空の電話番号にかけて数を稼ぐ*1、みたいなことを最近まで行っていた。

 

③未経験技術者のフォロー

    弊社では未経験技術者の採用を中心としている。そのため、そういった人材のフォローも営業の内容に含まれる。

 

2.前職の辞職理由

   元々別の会社で違う職種をやっていたが、飽きてしまった。資格は無いものの技術職みたいな感じだったので、働き続けても社会が見えなかったし、何も広がらなかった。また、その仕事をやり続けたせいで、日常会話で何を話したらいいか分からなくなってしまった。明らかにリアルに弊害が出た。終いには吃音気味になった為、リハビリ目的で転職することにした。

 

3.営業を選んだ理由

   その中で唯一社会との接点があったのが、営業だった。また、前職の会社は代表が営業と兼任している。その代表は(全部が)かなりイケていた。私が現場でやらかした時も「彼は自分に素直すぎるんですよ〜」で乗り切った。そのワードセンスや立ち振る舞いが良かった。彼自身元々はその技術職の経験者というのもあり、良き理解者でもあった。その上で客先との調整もしてくれた。頼もしかった。彼に少し憧れて、営業を選択した。今思えば営業でなくても良かったのだが。

    営業をやるにあたって、どのジャンルにするか考えたが、いつの間にかtoB営業に落ち着いた。toCはそもそもやり方がわからないし、例えば客に壺を売りつける成功例がイメージできない。何より大学時代、toC営業のバイトみたいな事をやったが、全然上手くいかなかったことも起因している。   

    アラサーで未経験で営業というのは中々求人が(当時は)なかった。転職エージェントと話し合っていくなかで、「技術職の経験が活かせる営業が良いのでは」と勧められた。それが今回の人材営業である。人材営業はtoCのイメージが強いが、今回の営業は対企業に対して売っていくのでtoBに該当する。

 

4.入社経緯

   色々受けてきたが、持ち前のキチガイぶりで落とされていった。もうどこでもいいです、みたいな状況になった際にエージェントから弊社を紹介された。

   入社面談の際、趣味でお笑いのネタを書いていることが(エージェント経由で)知られていた。その時の面談担当が、後に私に異動を命じた上層部のKである。ちなみにKは元芸人である。そんなKが「何か面白いことやってよ」とイマドキの高校生でも言わないダルいノリを仕掛けてきた。どうせそうなるだろうと思った為、当時自分の中で面白かった一人コントの冒頭部分だけ演じた。それが大ウケした。多分この大ウケが入社を決めた大きな一因だったんじゃないかな。

    今となっては会社から干されている身だが、私の採用は会社にとって都合が良かった。会社としては前職の技術職経験を持つ営業がいなかった為、その経験を持ち且つ営業志望の人材は貴重だった。加えて、先述の代表に憧れている話が評価されたり、コミュ力を向上させたいという話がKの心に響いたそうだ。しかもネタも面白い。Kとしては「うちにぴったりだ!」となり、採用が決まった。後々聞いた話だが、最終面接を担当した上司ネキや代表は私の採用を反対*したらしい。それをKがゴリ押しして採用に至った。

     ただ、今回の話は(全部が全部ではないが)本心というよりも、「こう言えば受かるだろう」で事前に考えた話だった。最悪同じ業種で違う会社に決まっていたらそっちにしていた。面接で「うちでは未経験育ててるけど、そういうフォローも入ってもらう」みたいな話は聞いていたがハイハイと聞き流した。こうして、「営業のキッザニア感覚で来た元技術職の候補者」と「熱意ある(風の)クセ強若者を受け入れた会社」との間に温度差があった状態で入社した。

    

2.社風と入社後

 1.社風

    未経験を育てる意向があるからか、若い人が多い。その為、営業も「1からここで育てる」という社風である。それが理由で未経験営業の採用をされた。将来一人前の技術職になることを前提に接する。つまり、会社のスタンスとしては、営業も技術者も"教育"するといったものである。

    そして営業部も同様で、「一人前の営業になる」という風潮があった。Kは営業という仕事を過大評価している。営業は人間力が全てだと。営業は自社においてもお客様から見てもカッコよくならないといけない。そういう思想の持ち主だった。つまり、ヒーローなのだ。逆を言えば、営業部に入った時点でヒーローにはなれた、のだった。

    自分はそこまで思っていなかった。自分がやってることはただの人身売買だと思ってる。確かに売上を左右する部分でもあるし、人から金を貰うという意味では間違いではない。しかし、私自身は別に成約さえ取れれば良くね?という発想だった為、しばしこの考え方を巡ってはKやメンターと対立した。

 

 2.入社後

    成約が中々取れなかった。

    案件と要員のスキルマッチングが出来ているにも関わらず、面談すら組ませて貰えない。その理由がわからず苦労した。

    また、成約数だけではなく、面談数、提案数もKPIとして加算される。初期の頃は提案数未達で毎日メンターからボコボコに怒られた。その中では個人の人格を侮辱するような言葉も含まれていたり、朝の会議で集団で詰められる、等を経た結果適応障害を発症した。ただ、発症しても「行かなくなって気まずくなるのが嫌だ」という理由でひた隠しにし、出社した。

    ある程度面談数や提案数を稼げるようになってからは、そういうことが起きなくなり、何なら仕事が好きなぐらいだった。営業の仕事が好きだったのは今でもかわらない。

    その一方で、一部の技術者からは「ようやく我々の気持ちを分かってくれる人が出てきた」と言われた。適応障害等を起こしながらも通えたのは、こういう技術者達が居たからかもしれない。彼らの期待に答えられず、本当にごめん。

 

3.5月頃から 

1.5月〜6月

    業務にはなれ、成約も一応コンスタントには取れるようになってきた頃だった。今思えばこの頃にもなると"こなしてる"感が強かったかもしれない。

    そんなある日、オファーを頂いたが成約を逃した。最後の最後まで粘ったが、条件が合わずに辞退することになった。それを朝会議で発表した所、Kが

 

「お前さ、気概が無いんだよ」

    

と言い放った。

   そこから徐々に気概や感情関連の指摘が多くなった。あるかないかで言えば「ある」。ただKは「本当にこう思ってるならばこういう行動をするはずだ」みたいな発言が増え、鬱陶しくなった。それに加え「お前がそう思ってなくても周りから見たらそうなんだから受け入れろ」みたいな発言もよくされた。この2大弊社構文が私を悩ませた。何故ならば、結局何言ったって何考えたって、この2つがある限りは封されるのだ。その内何もかも面倒臭くなって敢えて黙ったこともある。そして最終的には「お前には一人前の営業になってほしいんだ 成長してくれ 変わってくれ」と言われる。ただ私は「赤の他人が何個人の内面に干渉してるんだよ気持ち悪ぃな」と思ってしまった。抑えていた陰キャが出てきた。こうしてKと私の間で溝が深まってしまい、営業部の中でも孤立するようになった。

    同時期ぐらいに、「朝会では何かしら質問を持ってこよう」「ダメだったら振り返りをしよう」みたいなムーブが突如始まった。改善策を考えようとする試み自体は否定しない。それが仕事だとは思う。だが、世の中にはどうにもならないことがある。スキルだったり単価だったり、内容面では我々はどうしようもない。いくら頑張ってもダメなことはある。それでもダメなら詰められる。改善策とは言っても、思いつかない。何故ならば自分が原因ではないから。そこをKは「お前の人間性が良ければ何とかなってたはずだ」と詰めてくる。その意見自体は否定しないが、そういうのがあるから現場が拗れていく。全国の技術職のみなさん、営業がポンコツを調達してくるのはこういう(現場経験のない)営業がいるからです。

 

2.7月〜8月

 

  7月に入り、私と後輩にある新ルールが追加された。

 

  「首都圏在住のプロパー営業を禁止する。地方在住プロパーとBP営業のみ許可。」

 

  これは痛かった。というのも、私の営業スタイルが、プロパー営業に特化した形だった。要は、得意領域ではなくなったのだ。BP営業は難易度が高く、また商流が深くなるという観点からあまり積極的に行っていなかった。私と後輩は、今後の成長の為に、BP営業に専念するように命じられた。勿論2人ともこのルールに抗議したが、通らなかった。私に至っては、Kに直接抗議した。「プロパーの営業できなかったら意味が無い」「プロパーはBP営業の交渉材料にもなる」と訴えたが結局通らなかった為、BP営業に専念することにした。

   BP営業のみの配置で悔しかった為、その日に酒を飲み、次の日から淡々と仕事するようになった。悔しい感情を表に出さない為の処世術である。それを「熱意が見られない」とKが判断した。それも、自分なりの処世術だと説明したが通らなかった。この時点でもうKは「ただのウザい人」になった。

   言い訳にはなるが、BP営業のみの処置でパフォーマンスが下がった。当然成績が下がる→詰めが加速する、の繰り返しだった。そもそもプロパーを営業する目的で入社したし、どの会社と接しても「プロパーは?」と尋ねられる。また、BP営業は最早営業代行と変わらないスタイルの為に、「ここ(弊社)じゃなくてもええやん」という気持ちが拭えなくなり、モチベーションも上がらなくなった。その最大の理由が、個人の成長というくだらない理由の為に成果を出しにくくされているという点があまりにも耐えられなかったからだ。要は、効率が悪すぎてやりにくいのだ。しかもその理由が、個人の成長って...

   ここ弊社と私の考え方の違いが出てくる。弊社としては私に「一人前の営業になってもらうこと」が目的であり、私は「とにかく短期間で成果を出すこと」が目的であった。その為、私は別に成長とかどうでも良かった。成長なんて結果出す過程で勝手にしていくものだからだ。この違いから、私は来年の3月に辞める決断をした。ホントは今年の12月に辞めようと思ったが、営業として人材の単価交渉を経験したかったこと、成約を決めたプロパー達の初現場が終わるまでは見届けたかったこと、ある上場企業との契約に成功したインセンティブが12月に貰えることを考慮した結果だった。

   Kから私への目線がキツくなり、その場での誤魔化したセリフが通用しなくなった。今思えばその誤魔化しも見透かされていたと思う。ちなみにこの月に、地方在住プロパーを上場企業の案件への参画を成功させているが、スルーされた。このスルーも益々私が弊社に対してイライラを抱くものとなった。Kと私で唯一認識の一致があるとするならば、双方「話の通じねえバカ」と思って接していたことだったと思う。

 

3.9月

  幸いにも私は「与えられた環境の中で効率的な法則やルールを見つける」という作業が得意だった為、成約には繋がらなくてもコンスタントに結果が出るようになった。面談は勿論、オファーも頂けるようになった。協力会社の事情で破談になることがあっても、前よりは結果が出るようになった。

  とは言え、このルールが施行された直後の不振が、Kから私に対するイメージでしかなかった。いくら"良い話"を持って行ってもスルーされる。成約が全てだと。それは当たり前だが。私はルール施行時に「成績や態度次第ではルールを撤廃する」とも伝えられていて、そこでは「別に成約〇件とかそういう問題ではない」とも言われていたのだが。まあ想定はついた。

   また、話し合いが加速した。7月ぐらいの話し合いで「『成長したい』とは言ったし、嘘ではないがアレは面談を突破する為の口実だ」「営業としてどう成長したいとかは特にない」ということも話した。今思えばかなりぶっ飛んだ発言だったが、よく許容してくれたと思う。その話し合いが加速して、遂には「明日の朝の話し合いでのお前の発言で、部署異動するかどうかを決める」という通達を受けてしまった。

   通達を受けた日、オフィス内で後輩に「あのルール面倒臭いよね〜」と話してしまった。処遇に耐えられなかったからだ。それが先輩にバレてKにチクられた。これが部署異動の原因である。

    Kの怒りの理由としては、通達受けた後にその態度はなんなんだ!ということだった。お前の成長を思ってそういうルールを課してるのに、面倒臭いとか言える理由がわからない。理解できない。というものだった。こちらも、私の成長の為とは理解していますが、それとは別で効率の悪さには耐えられないです、それとこれとは別で考えますと反論し、結果的に部署異動を命じられた。これ以上反論しても聞かねえって思ったから受け入れた。具体的には決まってないが、営業から技術職に戻るというものだった。まあいいか。色々な感情が渦巻くが、もうKそのものがストレスだったから... とはいえ、来年の3月に辞める予定だったから、プランとしては「いきなり」だったかな。

 

***

  これを書いている現在は、技術職としての案件を待機している状態である。言わば宙ぶらりんだ。営業としてのPCやスマホは返却され、オフィスに行っても何もすることがない。酷い仕打ちだが、それ程私の顔を見たくなかったのだろう。Kにとっては、オフィスは"戦場"なのだから。

 

 

  結局ヒーローをやれなかった。

 

 

  というか、営業部の時点でヒーローっしょ!と内心舐めてた箇所があったのかもしれない。私が面談受けた時、Kは熱烈に歓迎したし、社内飲みの時とかも「技術者側の気持ちが分かる営業さんは初めて!」と言われたことがある。調子乗るとかではないが、やっと居場所ができた、と思っていた。ただ、ヒーローは一過性ではなく、常に飛び続けなければならない。トラブル時には駆けつけ、何も無い時はパトロールをする。俺は、ここだ!って時だけに普段着から着替えて準備するコスパ型ヒーローだ。そういうヒーローもいる(どちらかと言えばこういうタイプのヒーローの方が好き)が、弊社の求めるヒーロー像が違った。それだけのこと。

  技術職に戻るが、案外イヤな気がしなかった。それぐらいストレスだったんだと思う。この1年間、愚痴を聞いて頂いたみなさん、こういった形になり申し訳ございませんでした。私自身、思い悩んでこの仕事に取り組んでいたことは事実です。その為にみなさんの時間を使いました。ただやっぱり合わないものは合わないみたいで... この経験をバネに頑張ります。

 早く技術職戻れないかな〜 

 

〈後書き〉

   バイトの休憩中に書き始めましたが、途中で消えたり、考察を入れなりなんだりで5日かかりました。書き直しては推敲して... 大体こういったものを書く時は、構成めちゃくちゃ考えた上でバーッと書くのが普通(要は勢いでほぼ1回で書く)なんですが、そうもならなかったのは、今までで1番考えさせられた仕事だったんだと思います。

   こういう結果になったのは、やっぱり「温度感」だと思います。私は弊社に入社する前まで、温度感という概念がわかりませんでした。ただ、やる気や意識がある人とない人が一緒にやるのは難しいと、ここで初めて知ることができました。そういうのは、高校までの部活や社会人やり始めたら分かることですし、逆に自分自身も他人に対して温度感の無さを指摘することもありました。ただ、温度感という概念をちゃんと認識し、それを意識して行動したのが今回が初めてかもしれません。これは、経験できない人は経験できない体験なので、温度感の概念を知ることが出来たのは良いキッカケかなと。そう思いました。逆を言えば、そう思わないとやってられない。

  ただ、弊社が詐欺とは言わないけど若干グレーな事をやってるのも事実です。「客騙してるのにこっちには誠実性求めんのキモ〜」とも思いました。まあ、そういう所も含めて内心グチャグチャだったんでしょうね。

  退職後はもっと違うことをやろうと思います。数値だけを追う仕事も、どこか虚しさを感じていました。まだ決めていませんが、もっと自分の経験やアイデアが活かされるような仕事を見つけたいと思います。

    

  ハァ...

 

  弊社がもっと自分の魅力に気づいてくれたらな〜〜〜

 

* たまに「スマホの履歴見せて」と言われるので、架空の電話番号を乗せてカモフラしてました。幸いにも最後までバレませんでした。

かざまさん

 新しい会社に入社して、そろそろ半年が経つ。  

 

 そこでの業種は、性格的には自分に向いているとも言い難く、やっているビジネスは好きだが、一気に会話量が増え、中身のない会話が苦手な僕は社内人間関係が上手くいかなかった。天気の話や恋の話、正直他人のそれらには興味が無い自分にとっては、苦痛だった。適応障害気味になった。

 

 だが、入社して(個人的に)すぐ"気が合う"と感じた人がいる。それが風間さん(仮)だ。自称風間俊介似で、何かのプロフィールも「かざま」だった。その特有のイタさが原因で、後にあんなことになろうとは、想像できなかったのだけど───────

 

 かざまさんは、他部署の部長だ。

 

 その部署は広報で、主に社内外イベントをやったり、公式ブログを書く作業を行っている。表向きではキレイだが、他のよくある業務みたいに「定量的な数値が求められる」という訳ではないため、「何をやってるのかイマイチわからん」という印象もあった。

 

 かざまさんは、僕が入社後すぐに、僕の記事を書いてくれた。そのためのインタビューも受けた。終始楽しかった。非公認自認のENTPだからか、話が合うし、何より僕が苦手としている人の話で盛り上がった。

 

 ただ、イタかった。かざまの愛称もそうだし、そもそも全体的に"浅い"のだ。女好きだから女を見るとはしゃぐし、ある男性社員が好きな女性社員をバラすし、僕がお笑い好きなのを知って「なんかやってくださいよw」って言ってくるし(呆れた僕は「そういうのはイマドキの高校生でも言わないですよ」と言った)、ほぼ誰も見てないSlackで大騒ぎする、という行為が露見された。

 

 特に嫌だなと思ったのは、営業や広報の仕事は、他の仕事より上だと思っている点だ。飲みに行った際「営業ってだけで勝ち組なんだよ」と誇らしげに語っていた。でも違う。人材営業だから、確かに「人材に案件を渡す」という意味では、営業はその人材達より上に思われるかもしれない。しかし現場で日々頑張っているのはその人材で、我々が飯を食えているのは、その人材のおかげである。だから上とか下とかはない。対等。そこを分かっていなかった。分かっていなかったのが態度に出て、嫌われたのだろうか。

 

 その後、Slackですぐにキレたり、諸々の事情があって「干された」。左遷というより、単純にその"人材"側に回った。先程、人材と営業は対等だとは言ったが、与えられた仕事が言わば「誰でも出来る系」だった。事務職とか、ヘルプデスクとか、その辺だ。彼から見ると、負け組である。ただ本人は、その人材よりは上だと自分で思っているから、ある案件に配属された時、どういう気持ちだったんだろう──────

 

***

 

 あけましておめでとう。

 

 オフィスのみんなで初詣に行った。今年も頑張ろう。

 

 あれ?かざまさんがいない。そうだ、ある案件に配属されたんだった。

 

 その案件担当の営業が、初詣なのに何やら長電話している。どうしたんだろう。尋ねてみると「(かざまさんが)バックれた」と。あーあ。初っ端からなにやってんのよ。

 

 やがてかざまさんは、鬱ということでこの会社を去った。去年の秋頃から机が整理され、何も置いていなかったけど、そのまま退職するとはな。最後に話したのいつだっけ?もっと話したかったな。あなたがいなくなってから、少し辛かったよ。うちの会社が、何だかヤバい組織に見えちゃってさ。今はある程度順応したから、大丈夫だけど。

 

 かざまさん、本当にありがとう。かざまさんは確かに会社の雰囲気には合わなかったけど、必要悪だったんだよ。1つの組織たらしめる風潮に対して、少し風穴あけるというか、完全体にならない為に、あなたがいるべきだったんだよ。

 

 今までありがとう。どこかで会えたら嬉しいです。そしてあなたは、最後に大切なことを教えてくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後輩の女には手を出すなということです。

 

のどごし生

 最近ハマってる趣味?いや、所作がある。  

 

 「生卵を飲むこと」

 

それも、ロッキーのやり方ではない。お作法がある。  

 

冷蔵庫をあける

卵を取り出す

シンクで割る

白身が垂れないように細心の注意を払い、立ったまま飲み干す

 

 これだ。これなのだ。

 

 美味い、というより、のどごしを味わっている。

 

───────

 

 かつて、卵アレルギーだった。

 それはすぐにわかった。卵を食べた時に、顔が真っ赤になったらしい。すぐに親が病院で検査した後、卵アレルギーが発覚した。

 

 後々、ダメなのは卵白だということがわかった。だから家庭内の食事では普通に出された*。だが学校では、卵アレルギー扱い。だから冒女専用の給食が出される。クソマズいんだよね。出来たてホヤホヤではなく、数時間前の取り置きが出されるから。

 

 みんなの「美味しい」に共感できない。たまたま自分がアレルギーを持ってただけなのに。何故だ。悔しい。たまたまセックスが、遺伝子変異が、起きただけなのに。

 

 でも今は、食べられる。卵黄も卵白もイケる。卵よ、お前を支配したのだ。お前を征服したのだ。   

 

***

 

 あー疲れた。筋肉動かしたからかな。久々に結構歩いたし。

 

 タンパクスィッツ欲しいな〜 どこにあるかな。肉も買ってないし。ファミチキも買い忘れたし!せや!ファミチキの子供がウチにおるやんけ!頼んますわ〜 

 

 その日もまた、卵を取り出した。シンクで割る。割れた比率がいつも良くない。卵白が溢れるから、口をつける。吸う。その後、生卵をバキュームする。喉に伝わる、気持ち悪さ。生々しさ。遺伝子の不幸が産んだ、無精卵の、不甲斐なさ。

 

 それが、たまらない。

 

 やめられない。

 

 そう思っては、今日もそののどごしを、味わうのだ。

 

*私の母親は薬剤師なので、この食事に関しては問題ないという判断を下しております。