母親の実家がまだあった東日本震災前の頃、東京の家から実家に帰ると「とみちゃん」という存在がいた。
とみちゃんは、所謂生保レディ、生保のおばちゃんである。
とみちゃんは生保レディだが、(私達が帰省している間でさえ)あまりにも頻繁に実家に顔を出す為に、母親から正体を聞かされるまで「親族の一員」だと勘違いしていた。年齢は母親の7〜8個上だが、それぐらい頻繁に顔を出す為、私達ですら「とみちゃん、とみちゃん」と呼ぶぐらいの関係性になっていった。
とみちゃんが生保レディであったのは知っていた。とは言え、「遠い親族のおばさんで、生保のおばちゃんをやっている」という認識だった。だから私達が実家に帰る度に顔を出す、と思っていた。しかしある日、母親から「とみちゃんは親族ではない」ことを聞かされた。ゾクッとした。ということは、つまり、1生保レディが親族に誤認を与えるレベルで、私生活に介入していたということになる。
というのも、とみちゃんは確かに1営業ではあったが、1営業だけではなく、母親の実家の(農作業等の)お手伝いまで行っていた。だから、母親含めてカモられたとかそういう認識ではなく「私生活で色々手伝ってもらった」という感覚である。だが、全く血の通ってない人間がそこまで絡んで来ることに対するある種の恐怖心は、東京出身が故の"隔てる距離感"があるのかもしれない。妹はその様子に対してパラサイトみたいだね笑と言っていたが、まさにそうだと思う。
言わばとみちゃんは、toC営業の化け物である。たまたま田舎の生保のおばちゃんだっただけで、現代のプルゴリなのだ。ゾスなのだ。圧倒的強者なのだ。私自身、前までtoBの人材営業をやっていた分、"とみちゃんの恐ろしさ"を身をもって感じることとなった。
※私がtoB人材営業や、それをクビになるまでの流れについては、以下の記事参照。
https://dangosakashita.hatenablog.com/entry/2025/10/02/101434
そして、とみちゃんの話を改めて聞いて思ったのは、「私はとみちゃんにはなれなかった」ということだ。というのも、とみちゃんは弊社で働く上での理想の営業像なのだ。顧客関係値を上げれば成約に繋がるという思想を掲げた弊社営業部の理想が、とみちゃんである。
弊社の営業部では、「顧客関係値が上がれば、成約に繋がる。だから顧客関係値を上げることを念頭に日々の営業活動を行う。」というスタンスであった。
小賢しい言葉で書かれているが、言わばこうだ。お客様に対して丁寧に挨拶し、声大きく、愛想良く、(面白いではなく)楽しい人間であれ。そういう人間だから案件面談が組んで貰えるし、新しい情報を頂ける。お客様から頼られる存在になりなさい。そして、お客様だけではなく社内でもそういう存在でありなさい。という発想なのだ。言わば、「社内外で通用する営業マンになりなさい」というものだった。
私はそうはなれなかったのだ。正確に言うと、とみちゃんにならない選択肢を無意識に選んでいたのだ。
このやり方(以下、とみちゃん戦法とする)は、確かにメリットはある。人が良ければ多少のムリも通して貰えるというのは、古来からある成功体験だ。特に生保なんてのは、買ってのその場で終わりのもの、という訳でもない。解約率を下げる為に、一生涯に渡るお付き合いが必要になる。だから、とみちゃんが親族同然の扱いを受ける為には、そもそもとみちゃんが親族にウケる必要がある。こうして親族にハマったとみちゃんは、生保だけではなく他の営業も行っていたそうだ。具体的には聞けてないので今度聞いてみます。
そして、弊社がとみちゃん戦法を採用した理由には3つある。1つ目として、弊社の提案する人材が若手が多く、「ムリを言うこと」が前提というのがある。弊社は未経験者を採用して、オリーブオイルで炒めた後塩コショウを適量にふりかけ、最後に金粉を載せるようなことをやっている(察してください)。そんな中で、いきたりメール1つで提案が通るなど、考えにくい。そこで出てくるのが「〇〇さんのトコだから1度見てみるか...」と思わせる手法だ。1度そこで提案が通り、成約に繋がると、他の要員も提案しやすくなる。そうすると、そこで1つの現場が形成される。あ、このやり方自体がパラサイトっぽいね。ある1人の人材を皮切りに、他の人材も提案する、みたいな。これこそがとみちゃん戦法の真髄だと思う。ただ補足すると、このやり方はtoCでは通用するけどtoBでは通用しにくい。というのも、決裁者がお客様なのと会社であることでは、やり方が異なるのだ。そもそも。簡単な例えで行くと、訪問販売で壺を買わせるのと、大企業に勤怠管理システム導入させる営業ではワケが違うよね、って話。
次に、とみちゃん戦法は管理側からすると都合が良いという理由がある。とみちゃん戦法は、言わばとみちゃんという個人の能力にフォーカスした手法である分、成功も失敗も"そいつのせい"にしやすい。だから、仮に成約が取れない、面談が組めない、売上が悪いという場合、「お前が悪いんだ。お前の人間性に問題がある。」と言えてしまう。これは非常に楽だ。というのも、管理側からすると、定量で評価を定める必要があり、その評価を定める時に数値というのはひじょ〜にラクなのです。無駄なこと考えなくていいから。定性評価は定性評価で難しいし、それよりは定量でズバッと決めた方が、評価する側もされる側も管理側もラクなのだ。
ちなみにtoB営業をやってた実感としては「売上に繋がらない理由が分かればビジネスなんて苦労しないよ」という他責思考ではあった。というのも、要員を提案して、見送られる理由は、(決裁者が会社である分)すぐに分かるものではない。スキル・予算・タイミング・最寄り駅・そして営業の対応などがある。そういう思考を持たせない為のとみちゃん戦法でもあったと思う。営業がアホンダラだから提案を見送るというのは、見送り理由の1つとしてはあるが、じゃあ本当にそうなのか?という真相まではわからない。だから、営業部ではオメーのせいだ!と言うのを好んでいたし、言われた側が「俺のせいだ...」というのを期待してた。個人的には、1提案が見送られただけで自己責任にするのは、自意識過剰も甚だしいし気持ち悪いと感じるのだが、(本当にそう思うことではなく)そういうパフォーマンスがもとめられた。あーキッショ。辞めて良かったわ。クビだけど笑
3つ目としては、組織全体がその成功体験に縋っているというのがある。役員ないしは先輩も、「自分のまごころが通用したから組めた」みたいな幻想を抱いている。この勘違いが原因で、先輩は後輩にもそのやり方を継承しようとする。これが諸悪の根源である。とみちゃん戦法は、やり方が個人に依存する分、属人化しやすい。それが営業だろ!と思う人もいるかもしれないが、もし今後売上を伸ばしていきたい、規模を大きくしたいという時に、果たしてそのやり方は通用するのだろうか?だからこそ、属人化しないやり方での理論を作る必要がある。弊社は、この理論作りを全くやってこなかったと言える。というのも、営業経験者の役員に対して「面談を組んでた決め手は何ですか?」と尋ねた時に「缶コーヒー奢ったりとか...」という回答をされた。横転しかけたが、それぐらい、自分の仕事のやり方について説明できない人間は多いものだという、ある種の諦めがついた。
以上が、とみちゃん戦法、ないしは弊社営業スタイルについての解説を行った。ここからは、何故私がとみちゃんにならなかったのか、弊社営業スタイルと噛み合わなかったのかについて説明する。
まず、先程も説明した通り、とみちゃん戦法はtoCでは有用だけど、toBでは通用しないのだ。というのも、決裁者が会社である分営業さんを「負かせられた」としても、上長が承認しないケースは多々ある。だからこそ、営業が頑張るというよりかは「最適な提案」を心がけた方がよっぽど効率が良いのだ。最適な提案、ダメ元提案等、場合によってはゴリ押し、など、提案の手法に拘ることにした。営業が人間性やコネで頑張るとかなると、場合によってはかなりの接待をしないといけなくなる。私はコミュ障だから、営業さんと飲みに行ったり遊んだりした経験が少なかった。ただ、それでも実績は残したので別に問題はないかと思う。
次に、私自身が非常に面倒くさがりだったこともある。無茶苦茶なノルマやKPIが課せられていたせいで、(金にならなさそうな)お客様とのやり取りの時間が無駄に思えてきた。そのやり取りやチャット回数を減らす為に、自社で売ってる人材の情報を、自作スプレッドシートにまとめた上で、配布してた。「自社で売ってる要員についてはスプシを見てください〜」と誘導して、いつ連絡が来ても対応できるようにはした。飲みには行かないタイプだが、23時に電話が来てもワンコールで出るから、他社営業から恐れられてたとは聞いたことがある。これが成約に繋がった。「なんかあったらアイツに」という点では、ある意味とみちゃんなのかもしれない。自分で言うのもアレだが、合理性や効率性に特化したとみちゃんというか。
最後に、私自身が別に営業マンになりたい訳ではなかったというのがある。そもそもこの会社に入社したのは、事業内容や職務内容に一定の理解があり、多少グレーなあったけど必要悪だし、それに「自分にしかできない」という想いがあって入社した。自分のスキルや能力を拡張させる為に入社したのであって、決して「営業マンとして一旗揚げる」とか「みんなから好かれるヒューマンになる」とか、そういう都合ではない。そこがズレだった。弊社の営業部としては、社内外においても「みんなのとみちゃん」を期待してたのであって、別に私自身のシコウやキャリアなんてどーでも良かったのだ。
結局は、私はとみちゃんになれなかったのだ。というか、とみちゃんになる前提が与えられてなかったのだ。そんな気がするよ───────
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「お母さん、営業ってどんなイメージ?」
私はとみちゃんの話を聞かされたその日、そう母親に尋ねた。うーんやっぱりとみちゃんみたいな感じかな。愛嬌とヒトで乗り切る感じというか。とみちゃんには色々やって貰ったからね〜と話していた。
私の営業時代を振り返ると、とてもそういう存在とは言えなかった。極端なまでの合理化システム化効率化を追求しすぎて*、ヒトやニンの部分がなかった。電話掛ければいつでも出るし、業務時間外でも即レス。ただ、それは別に「その営業が好きだったから」という訳ではなかった。単にその方が効率的なのだ。勿論、好きな営業さんは、営業部外れた後でも繋がっている。そして私が「そういう風にすればいつか報われる」的な自惚れでもなかった。結果を極限までに追求した結果、それに辿り着いたという表現が正しい。
そして何より、「固定的な人間関係を長期に渡って構築していく」というのが、営業をやる以前から苦手だった。実際に成約結べた企業は、関係値の構築とは全く関係ない。何なら商談や打ち合わせはなく、たまたま案件にメール送ったタイミングが速すぎたから成約に至った、というのもある。だから、私のヒトやニンが良かったから売上に繋がったという訳でもない。それに対して、弊社営業部では、ヒトやニンこそが営業だという神話に基づいていた。私はそういう神話におけるズレが早期から生じていると感じてしまってから、脱神話化した。そして、脱神話化は、言ってしまえば、弊社がやってきたやり方を間接的に否定することになる。途中からその傾向が顕著に現れた際、営業部では「人間味がない」「仕事に人生捧げてない」「本気で人生変えようと思ってない」「現状に満足している感じがムカつく」といった具合で評された。結果出していなかったらそうだが、「顧客関係値」ではなく「最適な提案」に注力し、それに合うようにシステムを作ったら、営業未経験ながら新規で上場企業3件と成約を結べた。だが、弊社からすると、態度(例:10時の出勤時間に9:52頃に出社する、新人なのに定例の時に使うプロジェクターを(敢えて)準備しない、オフィスカジュアルではあるがPatagoniaで出勤する)が気に入らなく、仲違いして追い出された。そういう組織なんですよ。
ここまで書くと組織批判だが、とみちゃんも俺にはなれないだろうし、逆に俺もとみちゃんになれないのだ。だから俺はとみちゃんを尊敬している。何より、「欲しいジャンルのモノがあったら、通販サイトにおいて価格が安い順に並び替え、納得のいくものから購入していく」というやり方でモノを買っていく自分からすると、営業やマーケティングなんてインチキとしか(どうしても)思えないのだ。勿論、「そんな奴が営業をやるとは如何なものか」とは読者からするとお想いだろうが、エンジニアから営業に転職した時は、1番その能力を欲しがっていたのだから。エンジニアとして働いてた分、「必要最低限以外話さない」を極めた結果、吃音症みたいになったのだから。これに関しては、日常会話や雑談も"システム化"して乗り切った。このスキルに関しては、日常生活でも役に立っている。そういう機会を与えてくれたことに関しては、感謝はしています。
というか...
実を言うと、誰かにとっての"とみちゃん"になりたくて入社したのだ。営業をやる前は、人の気持ちを考えられず、自分が考えたままで話し、振る舞い、人の気持ちを考えるということが全くできない人間であった。その影響で友達は本当に少なかった。居なかった訳ではない。ただ、本当に「好みが分かれる」という人間であった。だから、「好みが分かれる、ではなく、"少なくとも嫌いではない"のカテゴリーに入る為に営業をやろう」と思った次第なのだ。これを拡大解釈すれば、とみちゃんになる為に入社した、にもなる。ただ、繰り返すがとみちゃんになりたくて入社した訳ではない。「そういう事情があってそういうビジネスなんだよね」という合意の元で入社したつもりだった。だが、外野からは「コヤツは、この会社で人生変えに来た」という意味で見られた。確かにその意味もなくはないのでが、何もそこまで... という感じでもあった。だから、とみちゃんになる覚悟がなかったと言われればそれまでかもしれない。
☆☆☆
とみちゃん、本当にありがとう。
最後にとみちゃんに会ったのは、多分20年以上前だった。それでも強烈にとみちゃんの存在を今でも覚えているということは、それぐらいの印象を植え付けているのだ。これこそ営業の最大価値なのではないか?とみちゃんは、ただ1営業から家族になっていった。アットホームということは、こういうことではないのか。これがストラテジーなのかギフトなのか分からないが、結果的にそうなっているのであれば関係ない。俺は、そういう状況を生み出せなかったのだ。お客様からのとみちゃんは演じられたが、社内とみちゃん(社内営業)をやれなかった。実際自分は、「会社は好きだが営業部が嫌い」といった具合であった。だが、会社員というのは結局企業の駒でしかない。会社員が会社員である為には、めちゃくちゃ大前提として「会社が会社員に仕事を振りたくなる」というのがある。そこを崩してしまうと、いくらクライアントからの要望が高くても、会社員にはなれない。そこの観点が抜け落ちていた。だから社内営業をやるべきだったし、そういうのをくだらないと思った自分の時点で負けだった。ここで話すつもりはないし、そういう思考に至った経緯は過去のブログやnoteを参照して欲しいのだが、メタ思考から離れられないのだ。「どうせ小さな組織なのに、先輩や上司に媚び売って、お前www」みたいな考え方からは逃れられない。だから、社内営業に辟易してしまった。とみちゃんは、(悪口ではあるが)恐らくそこまでの想定はしていなかったのだが、みんなのとみちゃんなのだ。戦略立てずに、自然と周りに人が集まる、そういう人なのだ。
とみちゃん、本当にありがとう。とみちゃんの存在だけで、自分の仕事のやり方や会社に対する解像度が爆アガリした。
すぐにとみちゃんの真髄を理解した僕は、早速とみちゃんとのアポを取りつけるように母親に頼んだ。どこまで温度感が伝わってるかわからないし、そもそもとみちゃんと連絡つくかはわからないが、とみちゃんが今の自分の課題解決のヒントかもしれないと感じている。そもそも、とみちゃんは単なる営業のおばちゃんなのだが、田舎(福島県浜通り)からすると、1企業の代表ないしは個人事業主みたいなものだから。社長と話せるってなったら、そこから何かしら奪おうとはなるでしょ。そこで、"なるべくテイカーに見せない"という手法に関しては、クソオブクソ弊社が身につけさせた能力ではあるのが、本当に悔しいのだけどね。
とみちゃんとのアポ率、100%だといいな。取れなかったらFBに基づいて、振り返れば感じたことをSlackにでも流せば良い?どうやったら今の状況が変わるのだろう。これまでに感じたことの無い孤独感から抜け出せるのだろう。誰か1on1してくれ!説教でもいいから。こんな独身のアトピー持ちのデブス陰キャ男に1on1してくる人材なんて、レバレジーズやビズリーチですら持ってこれさなそうだけど。
とみちゃんみたいなギバーになりたかったんよ。そこまでして、とみちゃんから何かを奪いたいのか。そこまでしてまで、そういうことがしテイカーという感じでは、読者からするとそうなのかもしれないですけど。
〈補遺〉
とみちゃん戦法のリスクについて、追加情報を述べます。
とみちゃん戦法は、言わばお花畑なんです。これは別に皮肉でもなんでもないです。実際、とみちゃん戦法自体はメジャーだと思いますよ。ただ、それは「全部が上手くいった時の世界線」であることを認識して頂ければ幸いです。どういうことかを説明します。
とみちゃん戦法は、「入社して、組織にハマり、誰かに刺さる」という場合でしか成立しないのです。そしてその成立は、入社や新しい現場に入ってから1ヶ月でその"格子"が掴めてきます。例えば、仕事の振り方、話しかけられるタイミング、唐突に言われる第三者評で、その格子が可視化されます。可視化されたタイミングで「とみちゃん戦法が通用する/しない」が解ってしまうのです。とみちゃん戦法が通用するならば、そのままの地で行こう、しないならば数値や結果で見返そう、みたいな。
オツムが良い皆さんはここで何となく理解できるとは思うのですが、惜しくも精神的に余裕が無い方々のために、「全部が上手く行った世界線」とは何なのかを、具体例を使って解説していきたいと思います。
読者の皆さんは、高校を卒業したはずです。そういう人が多いと思います。実際、2026年1月現在では、高校卒業率は98%です。なので、とみちゃん戦法のリスクを「高校進学」という所の観点から解説していきたいと思います。
皆さんは、高校進学を「なんとなく」で行っていたと思います。それもそのはずです。お笑いのネタでは、学ランを着たおじさんがコントを演じ、ポカリスエットの広告では制服着た演者がはしゃいでいて、高校野球の比喩である"甲子園"という単語があたかも青春の象徴かであるように謳われています。でも実は、高校って進学する意味がないんですよ。何故ならば"義務教育"ではないからです。
でも、進学しちゃいます。そりゃそうですよね。お笑い、コマーシャル、そしてありとあらゆるメディアが、「高校生は青春だ」というモットーに基づいて、あなたのもとに近づいてきます。そうすると、高校に行く前の小僧は、「高校生活は楽しくあるべきだ」という固定観念を築かざるを得ないのです。そういう固定観念をメディアが築かせてしまったが故に、高校生になる前から「高校生は、クラスの一軍に属し、隙あればスマホで楽しげな動画を撮り、クラスや学年のトップ層と交際し、体育の授業の後にはシーブリーズのキャップを交換し、部活の間にポカリを飲み、帰りの時間が遅くて親に叱られた後イキがるのが美徳」というストーリーを築かねばならぬという強迫観念があるのです。
しかし、高校は義務教育ではないので、(仮に公立高校や、都内の私立高校授業無償化政策にしても)お金が掛かってしまいます。言ってみれば、「学習塾に、部活と修学旅行と学校行事がセットになったコミコミプラン」でしかありません。そもそも、大学や専門学校に行く為には高認取れば良い話だし、お金欲しけりゃ中卒で働けばいい話だし。あとたまに、「高校卒業してないと社会的信用が...」という方がおります。これは主に就職において作用する考え方だと思います。高卒より高認の方が信用ならないなんていう会社、仮に採用されたとしても仲違いが起きると思います。そんなくだらない肩書きでしか判断せず"""人"""を観ようとしない企業なんて、一生つまらないビジネスやってりゃええねんという話で。
そのコミコミプランにおいて有意義に感じるのは、陽キャだけなんですよね。ただ、私も含めて「高校になったら世界が変わるだろう」「スターになれる」と思います。というか、高校ってやりがい搾取の縮図そのものなんですよ。ダウンタウンになれるぞ!と言って人を集めるNSCと同じ構造ですよね。日本ではよくやりがい搾取の話題が上がりますが、高校の段階でその精神が位置づけられたのかと思っております。教員に愛想良ければ指定校推薦やAOは貰え、そうではなくても金持ってる家庭のエピソードトークでゴリ押しできる、みたいな。ただ、実際に教員も人間だし、話面白くない人間に興味を示す人間はいないという残酷な事実はあるので、仕方ないっちゃないんですよね。実際、私は男子校のド陰キャという最下層を経ました。でも仕方ないです。太っててメガネかけてる陰キャのくせにアニメや文学に疎い、そんな無キャに近い人間に興味を示す人間はいません。
...すみません、補遺だからフリースタイルだろうと振舞っていたら呪詛が出てしまいました。本題に戻します。とみちゃん戦法のリスクの話ですよね。
とみちゃん戦法って、要はマジでリスクでしかないんですよ。言わば、ギャンブル、ガチャの要素でしかないです。面接官が良かったからと言って、じゃあ実際にその組織に合うかどうかなんて未知数やないか!という話ですよ!それこそ、弊社ではゴミみたいな扱い受けてますが、俺をゴミみたいな扱いをしているある役員が、周囲が反対する中ゴリ押しして私を入社させたという経緯がありますからね。その時は「やっと自分が報われた」と思ったのですが、後々考えるとその役員が私に対する解像度が低かっただけだったと。詰まるところ、みんな上手くいった幻想に縋り、自分がダメだった時のリスクがない。もしくはそういう考え方がない。
アットホームな職場?じゃああんたがアットホーム作ってみろよ?なれるのならいいよ?でも組織文化が合わない、上司にハマられない、ってなったらどうなる?爪弾きになるよね?そうなったらどうしようか?どこがアットホームや?
...結局、森羅万象って「やってからじゃないとわからん」が多いんですよね。日本の企業や組織、ないしは国民の考え方として足りないのは「上手くいかんかった時どうすんねや」というのだと思うんですよね。この考え方に対して夢はないかもしれませんが、この考え方は「夢が夢であり続けるためのインフラやセーフティネット」みたいに思えば、人生はもっと豊かになるかと。
そういう意味でも、私はとみちゃんになれなかった時のリスクを考えていなかったんですよね。外的要因が全てだというのが私の根幹思想ですが、「外的要因が全てでもない」という考え方に気づけたのは、弊社に入ったからだと思います。そういう意味では感謝してますね。嫌いだけど。
結論、
・とみちゃんになれるかなれないかは最初の1ヶ月で決まる
・とみちゃんになれなかった場合のシナリオも考えよう
・あらゆる固定観念やメディアのイメージを、自ら再考察してみよう
という話です。
そして、補遺が長くなったのは、「唯一AIに勝てる手法、それはとみちゃん」という思想が根幹にあります。とみちゃんは、市場価値を敢えて属人にすることで、「仕事が奪われないリスク」を運用保守しているのです。ただ、それはこの国が、結果や数値に対して、忠実に考える思想に移行するフェーズ前の話にはなってしまいますが。
*
・日程調整をTimerexなどのツールで自動化
・案件配信のメールアドレスの振り分けで「いつどこで誰が何を送ってきたのか」可視化
・商材を自作スプシにまとめた上でクライアントに共有。→同期コミュニケーションと非同期コミュニケーションをやった。
・紙の資料や名刺はOCRで読み込んで保存。データとして管理。
・テレアポリストはAIに作らせる。
・フリープランで使えるシステムは可能な限り採り入れた。
これらは全て属人性を排除している。言い方悪いが、俺のやり方は中卒でもできる。寝てても営業活動が捗る。