潰れた檸檬

自傷しなくても傷だらけ

演じるということ

※狭い業界による特定を避けるためにわざとあやふやにしている部分があります。詳しくは直接尋ねてください。

 

今年の冬にある芸能事務所に入った。面接の日程を忘れられて一週間遅らせてやったけど、そんなことはよくある事だとカウントした。思えば、そこの適当さ加減は既にスタートしていたのだけど。

 

面接の内容は単純だった。まず履歴書を見せた。次に趣味について話した。好印象だった。ちょうどその時養成所の内容に対して不満を抱いており、どこか逃げ場所が欲しかった。だから細かいことについて尋ねなかったのかもしれない。

 

会社の特徴は

・毎週仕事がある。

・給料は派遣より少し安い程度。 

・社長は現役の役者で、20年以上携わっている。

・小規模。

 

こんな感じだった。あとこれは私の嗜好でしかないのだけど、社長と一緒に来ていた役者(女)がそこそこ可愛かったが履いているスニーカーがダサかった。この緩さとこの規模の会社なら、高度に組織化された会社よりも融通が効いてやりやすいだろうと高を括ってしまった。そして事務所に所属した...つもりだった。

 

最初の仕事で、私は初心者ということで社長が直々に来てサポートに回ってもらった。親切丁寧に教えられた。なんて良い社長なのだろう。そう感心した。次の仕事は社長こそ来なかったが他の経験者の人が着いていたためやりやすかった。

 

しかし、後日支払われたギャラを見た。8000円だった。これ1日分だよな?朝から夕方まで拘束して8000円だよな?直接訊いた。社長によると、試用期間のうちは半ギャラの4000円だという。いくら好きな仕事でもさすがに1日4000円はありえないでしょ。ただしここにトリックがある。この関係に契約書がないため労基に違反している訳でもない。

 

それが数回続いた。更には「春休みの土日仕事が入るかもしれないから空けて」と言われたにも関わらず全然仕事が入って来なかった。ゴールデンウィーク中に入ってきた仕事なんて朝から晩まで2日連続で働いて13000円しか貰えなかった。一緒に働いてた派遣の子なんて1日に1万円貰ってたのに... また、この時期仕事があまりにも少なかったので、他事務所のイベント運営が雇っている派遣会社の仕事(いわゆる裏方)をこなしていた。業界は同じだが仕事内容が被らないのでギリギリセーフである。でもなぜ同じ業界にいて希望通りの仕事が貰えず派遣の仕事をやり続けているのかが分からなくなった。しかも、そこの事務所は毎週土日にちゃんと仕事があった。

 

とりあえず相談した。

 

そしたら会社の言い分はこうだ。

・試用期間は半ギャラ。

・役者だけではなく裏方の仕事もしてほしい。(それも半ギャラ)

・うちに来たからには全員にプロになってほしい。

・試用期間はプロになれるまで。

・君はまだまだ未熟(上下関係、礼儀作法)だからプロにはなれない。

→でも教えられてはいない

・他の事務所に行けると思うな。

・仕事が毎週入らないのは芸能界にはあることだ。

 

そして衝撃的だったのが

「あとさ、〇〇(会社名)の冒女ですっつってるけどお前まだ所属じゃないからな?」

 

ショックだった。あれだけ熱心に誘っておいてこんなことを言い出されるともう都合良く私をこき使いたいだけなんじゃないのかと思った。なんとでも言いくるめられるじゃないか。これで完全にしびれを切らして、2週間後に電話を再びかけた。

 

思いの外あっさり終わった。止められもしなかった。まあ研修期間だからどうでも良いのだろう。やめて良かった。せいせいした。やめたことをを伝えるべく事務所の後輩に電話した。しかし、彼との会話の方が耐えられないものとなるのは誰が想像しただろうか...

 

***

 

彼に電話した。要件を全て話した。「今月末に支払われるギャラを見て残るかどうか決めた方が良い。あそこはギャラが安いし仕事が貰えないし試用期間という言いがかりで安く使おうとしているだけだ」と。

 

ところが、味方だと思っていた彼はそこまで事務所に不満を抱いていなかったのだ。彼の言い分はこうだ。

・仕事は(冒女さんより)貰っている。

・そもそも演じる仕事自体趣味の延長。

・イベントスタッフも別に押し付けられている感じではない。むしろお金貰えて嬉しい。

・生活がかかっているわけでもない。

・今では研修会に参加させてもらっている。

 

まあ安かったらやめるとは彼は言っていたけれども、とりあえず彼の方が私より印象良く会社に受け入れてもらっているのは伝わった。私自身の度量の無さと、客観的人間性という現実を突きつけられた気分だった。これ以降、過去のことも思い出して考える期間に入った。誰にも相談せずに一人でいるのがベストなんじゃないかって。

 

***

 

こうして演じる仕事から一度身を引いた。偉そうに書いてあるが実際演じる仕事をしたのは数回である。でも業界というかブラック企業の闇を見たのと自分自身の社会性のなさに辟易したため一人で考える期間に入ることにした。少なくとも半年は様子見である。

 

「演じる」仕事に就く時には仕事以外でも演じる必要があることに気づかされた。後輩はちゃんと仕事人を演じていた。一方私といったらギャラの金額や雇用体型に気を取られていて仕事人になることを忘れていた。ただ彼も彼で私の前では善良な下っ端を演じていたのかもしれない。とにかく私自身は演じることが出来なかった。演じたいのであれば、他の場所では偽りの自分を演じないと受け入れてもらえないのかもしれない。