潰れた檸檬

自傷しなくても傷だらけ

三匹のおっさん in 潰れた檸檬

今回はある現場で起こったことを小説みたいな形式で書きます。当人は年間読破数1桁なので技量はないけれども...

 

急いでいるんだよこっちは!暑さで集中持たねえよ!って方、結論の「適材適所が1番」ということだけを分かってもらえれば大丈夫です。

 

 

あるイベントのブースの列整備や片付けの仕事を、うちの派遣会社(一部フォロワーからは下請けと呼ばれている)がほぼ全部引き受けた。みんな支給された同じ服を着ているが、引き受けたスタッフ陣の中でも序列はある。

 

 

〈登場人物〉

・歯無し

    うちの派遣会社の中での現場で1番偉い人。会社中での評判は高いため、重要な役職についている。だが、指示が曖昧だったり口が悪かったりするので現場でのスタッフからの評判が悪い。見た目に特徴があり、メガネで太っていて少し禿げている。また、歯が数本ない。

 

・派手パン

   スタッフ陣の中で2番目に偉い人、いわゆるチーフみたいな扱いをされている。よく歯無しと一緒に仕事しており、歯無しと派手パンコンビは半年前別現場で一緒になったことがあった。ちょっと使えないところはあるが、優しいし別に好感度が低い訳では無いので現場での評判は悪く無い。いつも派手なパンツを履いている。

 

・飯塚 

    ベテランのスタッフ。歯無しや派手パンが名前を覚えるぐらいよく現場に入っている。また、私自身も違う現場で一緒になったことがある。仕事が上手く、少ない情報からの理解力も早いため頭が良い。東京03の飯塚に若干似ている。

 

 

 イベント開始までの間に、我々は列整備の説明を派手パンから受けた。しかし、派手パンの説明の仕方が下手くそで歯無しから注意された。歯無しは

「分かりにくいから図を描いて説明しろ。」

と言った。確かにその方が分かりやすかった。

 しかし派手パンはなかなか描かなかった。図を描く必要性を感じなかったのだろうか。聞いてるこっち側もイライラした。早く描けと。当然描けと言い続ける歯無しはイライラしていた。そのやり取りが10〜20回続いて遂に歯無しはブチ切れて持っていたボールペンとマニュアルを床に思いっきり投げ落とした。床に投げ捨てられたボールペンは壊れた。

「プロでもな!図面を見ながら動くんだよ!お前はそういうところがダメなんだよ!」

それにはいくらか同意できた。しかし落としたボールペンを他のスタッフに拾わせたり自分でボールペンを壊したのは別問題だ。それなのに派手パンに対して「これ新しいの買って弁償してね」って言うのを見て私はドン引きしてしまった。結局派手パンは歯無しに促されて図面を描き始めた。そしてその数十分後に歯無しは飯塚に対して「ねえ~ 派手パンさんの俺をイライラさせる病気何とかならないかな~」と話していた。その上「目が疲れたから肩を押してくれ」と飯塚に頼んでいた。それまで派手パンにイライラしてたけど、これでイライラのベクトルが歯無しに向かった。

 

 しかし、実際の列整備は思いの外進まなかった。派手パンの説明の仕方が下手くそなのもあるが、何をしようにも歯無しが怒鳴り散らすため自分含めた全員が恐縮しているのだ。一番気を遣わなきゃいけない相手が客でない時点でまともに仕事ができるわけがない。列整備はグダグダだった。派手パンはこの状況だから「だったら歯無しさんが全部みんなに指示足せばいいのに...」と私に愚痴っていた。ここで歯無しだけが派手パンを後継者として育てたいという意図があることに気づいた。半年前も似たような光景を見ていたからてっきり派手パンが歯無しに「今度は自分がやってみたいです」とか言ったのだと勘違いしていた。歯無しだけが派手パンに勝手に仕事を任せようとしているだけだったのだ。そんなんで仕事がスムーズに進むわけがない。

 

 そして私から少し離れたところでどうやら歯無しと飯塚が口論していた。よく聞こえなかったが、聞こえた範囲の中での飯塚の言い分は間違っていなかった。どうやら、歯無しは間違った具体的指示を飯塚にしていたらしく、飯塚はそれを指摘しただけだった。だが歯無しは飯塚が歯向かったと勘違いした、というか歯無しが状況を正しく理解できていなかったからか、歯無しは飯塚の胸ぐらを掴み殴ろうとした。それでも飯塚は謝ることなく強い口調で言い続け殴り合いの喧嘩一歩手前まで発展した。結局飯塚の「お客さんがいるんですよ!」の一言で落ち着いた。この一連の流れは全部裏じゃなくて人前で、しかも歯無しと飯塚の喧嘩に至っては隣にお客さんがいるところで行われたのである。ここまでグダグダで崩壊気味だったのに、全然客からクレームが来なかった。強いて言うなら、エゴサーチした時にTwitterで「列整備下手くそ」とか「スタッフ同士が喧嘩はダメでしょ...」と書かれていた。どうしようもない現場だったにも関わらずむしろこの程度で済んだのが奇跡的だった。まあ、客層が比較的大人しい部類だったってのもあるけど。

 

 当然、派手パンと飯塚から歯無しへの評判は最悪だった。派手パンは私に対して「あいつバカだからどうしようもねえんだよ!」と愚痴っていた。でも歯無し派手パンコンビを半年前に1度見た事があったから意外性があった。さっきあれだけ歯無しに命令されても折れずにやり方を貫いたのは、ある種の反抗心からなのだろうか。そこまで嫌悪感があるのに、なぜ一緒に?

 

 それも含めて歯無しについて知りたかった。偶然飯塚と休憩するタイミングが一緒だったので、飯塚に「さっきは大変でしたね...」と話しかけた。すると飯塚も派手パンと同じことを言った。「あいつはバカだから」と。

 

 ちなみに、飯塚は理論で動くタイプだ。途中私は「前に一緒の現場だった時僕があまり動けなくて...」と申し訳なさそうに話した。すると「ああいう現場は年齢層が高いメンバー、つまり顔見知りだけでササッとやっちゃう。違う現場だったら経験者が未経験者に教えるなんてこともあるけど、あの現場ではそれが出来ない。だから若い人が入って来ない。上手くいかなかったのは(冒女の)能力の問題ではない。」と淡々と話した。別に慰める訳でもないこの冷静さが格好良かった。そのリスペクトがあったから「歯無しが入る現場は大体決まっているから俺みたいに慣れてきたら避けることができるよ。」と言ったことに対して「じゃあ何故今日この現場に入ったんですか?」とは突っ込まなかった。

 

 そんな分析家の飯塚は歯無しについてこう語った。

「あいつはバカだ。指示が的確ではないしあの指示で言われてもどう動けばいいのかわからない。それでもって言い返すと感情的になると客の前だろうが暴力を振るう。」

「でも歯無しさん会社の中では結構重要な役職に就いてますよね?」

「それはな、あいつが会社には貢献しているからなんだよ。普通の派遣会社だったらある現場に対して『人が足りないから無理だ』とか『それはちょっと...』と言って引き受けない。でも歯無しはどんな現場でも笑顔で引き受ける。だから会社の中では『仕事を貰ってくる人』という位置付けだから評判が高い。でもな、普通に考えてさ、あれだけ歯がなくて(喫煙者だから)口が臭くて仕事ができなくて性格悪くて嫌われていてさ、俺だったら恥ずかしくて外に出られないよ。でもあいつにはそういうのがないから誰にでも積極的に話しかけに行くし仕事をたくさん貰ってくる。だからああいうのも一種の強みなんだよ。ただ現場での評判は最悪だけどな。歯無しさえいなければ派手パンでも上手く回る。さっきも別に派手パンが悪いわけじゃない。歯無しがいるせいで現場が最悪になる。それを分かっているから歯無しが入る現場にみんな行かないし、それでも行く人はよっぽど変わってるか経験が浅い人。」

「じゃあなんで派手パンさんは歯無しさんと一緒の現場に入るんですか?」

「それは、歯無しが派手パンを気に入ったから... 気に入っちゃったから... それに派手パンは悪い人じゃないから断らない...」

「ああ...」

 結局休憩中はずっと飯塚が話してたばっかりに全然飯塚は食事できなかった。だから「すみません話しかけたばっかりに全然食事が出来ない状況になっちゃって...」と謝ったら「いやいや俺そんなお腹空いてない(時間帯に夕方だった)から別に」と言ってくれた。事実かどうかは置いておいて、どこまでこの人は良い人なんだろう。

 現場が終わる頃には朝集合した緩い雰囲気に戻っていた。歯無しを唯一評価できるのは、気分を引きずらないところだった。それは他の2人にも共通しているから、何とも言えないけど。

 

*** 

 実は歯無しみたいな人は私が別の会社の現場行った時にもいた。

 

 私は面識はないが、噂によると営業が上手いから仕事を沢山もらってくるが「私が仕事貰ってくるのよ!わかる?」みたいな偉そうな態度が原因でベテランスタッフやクライアントからは嫌われていた。クライアントに「えっ、あの人は最悪だからスタッフ達仕事できないかと思ったけど全然違うじゃん。むしろできる方じゃん。」と言わしめた始末である。ただその人は現場には入らない本社勤務なので歯無しよりイメージは悪くは無い。後日その人は退社したがらその人が退社したせいなのか、やりたい仕事が回ってこなくなった。もしこれが仮に事実ならこちらとしてはすごく被害が大きかったのである。

 

 要は適材適所なのだ。居るべき場所にその人が居るべきなのだ。評判が悪かったら居場所を間違えている可能性があるのだ。いくら現場の中での評価が高くても会社だったら使えなかったり、その逆だってある。

 

 これは、会社>現場の社会構造があるからだと予測している。会社と現場のポジションが同じであれば、現場で評判が良い人が会社から見下されることはないのである。社会に出てないから常識がない発言かもしれないが、仕事場に差なんて無ければいいのにと感じた日であった。向いてる人が向いてることをすればいいし、それに誇りを持てばいい。たったそれだけのことである。

 

 三匹のおっさんは、おっさんや社会の悪いところを多く凝縮したものを教えてくれた。それは、社会経験のない大学生アルバイトでも分かるレベルなのである。